だいしゅぜん大学に来た理由 学業編
恥ずかしながら、そもそも俺に「大学でこれを勉強して、極めたい!」というほどの気持ちはなかった。
高校時代にさかのぼるが・・・
中学時代は学内でも上位の方でいられて、見事高校に合格することが出来た俺だが・・・高校ではそうはいかなかった。
中学時代学年30番だった順位は高校ではクラス30番になった。
もちろん回りのレベルが高かったのもあるが、なんといっても俺自身が勉強をまともにしなかったからであろう。
だが、そんな俺でも赤点を数学でとりながらも3年まで進級し、受験シーズンを迎えた。
ウチの高校は県内でも有名な進学校で、毎年学年320~400名程度いる中で就職する人数が10を超えることはほとんどなかった。
その流れに俺も沿うつもりでいたし、就職する気はさらさらなかった。
だが、模試でもボロクソ、定期考査でもカスカス、まともなのは社会と模試ではそれに現国がプラスされる程度だったので、選択できる範囲は狭かった。
また、意欲も高くなかったので無茶苦茶勉強してレベルの高いところへ行こうという気持ちも起こらなかった。
「とりあえず進学しよう。話はそれからだ」
こんな感じだった・・・。
で、結局県内の私立大学に行くか、県外の史学科のある私立大学に行くか・・・。ということになったわけである。
レベル的に考えて、自分の脳内では
県内
四国大学
県外
だいしゅぜん大学、花園大学、大谷大学、京都橘大学、そして奇跡の奈良大学
このあたりをリストアップした。
各大学の情報を調べるにつれ、夏休み前にだいしゅぜんだいがくがAO入試を実施するという情報をキャッチ。
やほーで偏差値50という情報を入手していた俺はこれに飛びついた。
(俺の偏差値は40台前半とかだったし、そもそも他のリストアップした大学と比べても偏差値は高いほうだった)
これに関しては夏休みすら来ていないということもあり、半ば練習のつもりでいて、「受かればもうけもん」程度の考えでいたので、担任には相談せず、小論文と面接も自力で突撃することにした。
・・・だがこれが受かっちゃったんだよねー。
そこで俺は多少は「こんなんで受かっていいんかな・・・」とは思った。
だが、「でも大学側も全入時代到来であせっとるんかな」とも思い、そこまで不審に思うことはなかった。
・・・だが、やっぱそう簡単にはいかんよねー・・・。
案の定偏差値50だっただいしゅぜんだいがくは1年で偏差値が42になって四国大学並みとなり、俺を落胆させた。
(一般的に徳島県内では四国大学=アホと認識されている。ちなみにもう1校ある私立大学の文理大学は薬学部以外はカスだと認識されている)
さて・・・現代に戻ってきましたが・・・。
そんなに意欲も高くなく、また、朝もクソ弱く、起きれない。
昔からあんまり勉強してこなかった、等死亡条件が揃ってだいしゅぜんに来た俺はもはや大学に行く気が起こらんのです。
だが、俺には明確な夢もないので某先輩のように夢を目指して大学を辞めるというかっこいいことなどできない。
大学を辞めて野球に専念したいが、野球で食っていくことができるほど自分が上手いわけないのでそんなことはできない。
そうなるとだらだらとこの大学生活を続けるしかないのです。
・・・恥ずかしいことに。
嗚呼、だいしゅぜん・・・消えてなくなれ・・・。
そうすれば俺はどんなに喜ぶことか・・・。
5月29日午前5時10分
・・・1限から授業があるというのに、俺はなにを血迷ってこんなに長い文章を書いているのか・・・。
長文失礼しました。
同時に2つもこんな長文・・・あー疲れた。